東京地方裁判所 昭和57年(ワ)14984号 判決 1985年6月21日
原告
中川隆一
右訴訟代理人
斎藤方秀
被告
医療法人財団小林記念会
右代表者理事
北島淳
右訴訟代理人
源光信
奈良道博
主文
1 被告は、原告に対し、金一四四〇万円及びこれに対する昭和五七年九月二五日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを一〇分し、その三を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。
4 この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告は、原告に対し、金二〇八二万円及びこれに対する昭和五七年九月二五日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決及び第一項につき仮執行の宣言を求める。
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 被告は、医療法人財団小林記念会城南総合病院、育仁看護専門学校等の医療施設及び看護婦養成施設を経営している法人である。
2 原告は、医師であるが、昭和三五年六月一日被告の経営する島田総合病院(現在の名称は城南総合病院)に勤務医として雇用され、以来昭和五六年八月二〇日に退職するまでの間、勤務医、理事、島田総合病院の副院長、育仁看護専門学校の副校長等として職務に従事してきた。
そのうち、職員の期間は、昭和三五年六月一日から同三九年一一月三〇日まで、昭和四五年六月一日から同四六年八月三一日まで及び昭和五五年一一月一四日から同五六年八月二〇日までの三回、合計六年六か月間である。また、役員(理事)の期間は、昭和三九年一二月一日から同四五年五月三一日まで及び昭和四六年九月一日から同五五年一一月一三日までの二回、合計一四年九か月間である。
3 被告の退職金規定及び慣例によると、原告の退職金は次のとおりとなる。
(一) 職員としての退職金について
退職時の基本給月額に職員期間の年数をかけたものが退職金の金額となる。原告の基本給月額は四〇万円であるから、これに六・五をかけた二六〇万円が職員期間に対応した退職金の額である。
(二) 役員としての退職金について
昭和五六年三月二八日開催された被告の理事会で決定された役員退職金規程四条によれば、「役員退職金は一般職員の退職金に関する医療法人育仁会退職金規程(昭和五四年七月一日施行、昭和五四年一二月一日廃止の旧規程をいい、以下「職員退職金規程」という。)の各条項を準用し、算定された額の二倍以上二・五倍以下の範囲で、かつ、理事会において承認された額とする。」とされている。一方、一般職員の退職金に関する右の規程によれば、退職金の計算は、基本給(月額)に勤続年数に応じた支給率を乗じ、これに勤続年数を乗じることとされており、一か月に満たない端数は月割とすることとされている。原告のように一四年九月勤続した場合の支給率は一・〇である。原告の基本給月額は四〇万円であつたから、右の算定方法により算出した額五九〇万円の二倍である一一八〇万円から二・五倍である一四七五万円までの範囲の金額が退職金の額となる。
原告の役員の退職金の額については、退職当時に被告の中村喬事務長が、一一八〇万円から一四七五万円の範囲内で支給すべき旨の書類を作成し、被告理事長あてに提出しているにもかかわらず、被告の理事会では未だ承認がされていない。被告は速やかに原告の退職金につきその具体的金額を理事会において審議決定すべき義務を負うにもかかわらず、退職後三年余の今日に至るまでこれを怠つているのであるから、理事会の決定がないことを理由として支払を拒むことは信義則上許されない。そして、原告の在職期間の長いこと、勤務成績が特に優秀であること、役職の重大さなどその貢献度や顕著な功労を勘案すると、上限の二・五倍である金一四七五万円の退職金が支給されるべきである。
(三) 退職慰労金について
被告の役員退職金規程五条によると、「役員としての在任期間中特に顕著な功労があつたと認められた役員については、理事会において承認された退職慰労金を支給又は加算することができる。」とされている。そして、原告の退職に際し、被告の中村喬事務長は、原告に対しては、職員期間及び役員期間の退職金額合計の二〇パーセントにあたる金二八八万円から金三四七万円までの範囲内で退職慰労金を支給すべき旨の退職金支給申請書を被告の理事長あてに提出しているにもかかわらず、被告の理事会は、未だこれについて承認をしていない。しかし、これについても原告の勤務成績、貢献度、功労等の諸事情を考慮すれば、最高額である金三四七万円の退職慰労金が支給されるべきであつて、理事会の決定がないことを理由に支給を拒むことは信義則上許されない。
(四) よつて、原告に支給されるべき退職金及び退職慰労金の合計額は金二〇八二万円となる。
4 原告は、被告に対し、昭和五七年九月二四日被告に到達した内容証明郵便により右の金二〇八二万円の支払を催告した。
よつて、原告は、被告に対し、右の金二〇八二万円及びこれに対する昭和五七年九月二五日から支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する答弁
1 請求原因第一、二項の事実は認める。
2 請求原因第三項(一)の事実は認めるが、同項(二)及び(三)の事実は否認する。
3 請求原因第四項中原告主張の内容証明郵便がその主張の日に被告に到達したことは認める。
三 被告の主張
1 原告主張の役員退職金規程については昭和五六年三月二八日の理事会議事録には、右規程を全員異議なく了承した旨の記載があるが、右規程が審議・承認された事実はない。
2 仮に右理事会において右規程が承認されたとしても、右規程は、理事が自己の退職金を増額するという、いわゆる御手盛案件であるから、商法二六九条の趣旨に鑑み、評議員会の承認を得なければその効力がないものというべきであるところ、その承認はない。
3 医療法人は公益性の強い法人として営利性が否定され、毎期の決算は知事に届け出なければならず、剰余金の配当も禁止されている。そして、医療法人は税制上も租税特別措置法六七条の二において優遇されており、同条に定める特定法人として大蔵大臣の承認を受けるためには役員及び評議員は無報酬であること(ただし、医師、看護婦その他法人の業務に従事したことに対する給与等を除く。)が要件とされている。これらの点からみると、役員の退職金を一般職員の二倍以上二・五倍以下とするという定めは、役員に対する一種の利益配当に該当し、また、右措置法の定めに反し、無効である。
4 原告に対する理事としての退職金又は退職慰労金については、理事会の承認がないから、被告はこれを支払うべき義務はない。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因第一、二項の事実は、当事者間に争いがない。
二職員としての退職金について原告が被告に職員として勤務した期間に対する退職金が金二六〇万円であることは、当事者間に争いがない。
三役員としての退職金について
1 役員退職金規程について
<証拠>によれば、次の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。
被告の理事会は昭和五六年三月二八日「医療法人財団育仁会役員退職金規程」(以下「役員退職金規程」という。)を議決した。右規程によれば、被告の理事又は理事であつた職員が退職したときは、この規程の定めるところにより退職金を支給するものとし、その額は、一般職員の退職金に関する医療法人財団育仁会退職金規程(昭和五四年七月一日施行、昭和五四年一二月一日廃止の旧規程、以下「職員退職金規程」という。)の各条項を準用し算定された額の二倍以上二・五倍以下の範囲で、かつ、理事会において承認された額とするものと定められている。また、役員退職金規程によれば、理事としての在任期間中、特に顕著な功労があつたと認められた理事については、理事会において承認された退職慰労金を支給又は加算することができる、と定められている。
被告は、役員退職金規程については、商法二六九条の規定の趣旨に照らし、評議員会の承認がなければ効力がないと主張するけれども、商法二六九条は、取締役の報酬の額の決定を取締役会又は代表取締役に委ねると、不当に高額の報酬を支払つて株主の利益を害するおそれがあるために設けられた規定であつて、寄附行為に特段の定めのない限り、これを直ちに被告のような財団法人の理事の報酬につき準用することはできない。そして、<証拠>によれば、被告の寄附行為中には役員の退職金に関する定めをするにつき評議員会の承認を必要とする旨の規定は存在しないことが認められ、この認定に反する証拠はない。よつて、この点についての被告の主張は採用できない。
また、被告は、医療法人において利益配当が禁止されていることや租税特別措置法の規定を理由として、役員退職金規程の無効を主張するけれども、少くとも原告のように理事であると同時に医師として被告の業務に従事した者(原告が医師として被告の業務に従事したことは、原告本人尋問の結果により認められる。)に対する退職金を支給することが、禁止されているとは到底解することはできない。
2 役員退職金規程の定めによる原告の退職金の額について
役員退職金規程によれば、役員退職金は、職員退職金規程の各条項を準用し、算定された額の二倍以上二・五倍以下の範囲で、かつ、理事会において承認された額とするとされていることは前記認定のとおりである。そして、<証拠>によれば、ここにいう職員退職金規程として医療法人財団育仁会退職金規程が存在すること、右規程によると、一四年九月勤続した場合の一般職員の退職金は基本給(月額)に支給率一・〇を乗じ、これに勤続年数一四・七五を乗じた金額となることが認められ、この認定に反する証拠はない。そして、<証拠>によれば、原告の退職時の基本給(月額)は金四〇万円であつたことが認められ、この認定に反する証拠はないから、原告につき職員退職金規程の各条項を準用し、算定した額は金五九〇万円となる。そうすると、原告の退職金の額は、役員退職金規程によると、金一一八〇万円以上金一四七五万円以下の範囲で、かつ、理事会において承認された額ということになる。
3 理事会の承認がないことについて
被告は、原告の退職金の額について理事会の承認がないから、退職金支払義務はないと主張する。なるほど、前記の役員退職金規程の定めによると、理事の退職金の具体的な金額は理事会の承認があつて始めて確定するものと解される。しかし、そうであるからといつて、理事会の承認がない以上絶対に退職金の支払義務が発生しないものと解することはできない。退職金の支給事由が発生した場合には理事会は相当期間内にはその退職金の額について決定承認すべき義務があるものと解され、相当期間内に決定承認しないときに、承認がないことを理由に支払を拒むことは信義則からいつて許されないと解するのが相当である。そして、役員退職金規程の前記の定めによると、理事会が承認決定すべき額は、職員退職金規程を準用して算定された額(以下、「算定された額」という。)の二倍以上二・五倍以下の範囲内の額であつて、理事会はその範囲内において具体的な金額を承認決定すべきであるが、その範囲内においてはいかなる額を承認決定するかにつき自由裁量権を有するものと解するのが相当である。理事会が前記相当期間内に退職金の額について決定承認しないときに退職した理事が請求することができる退職金の額は、理事会の有する裁量権の範囲の下限である前記「算定された額」の二倍の額であると解するのが条理上相当である。そして、原告が被告に対して内容証明郵便で退職金の支払請求をした昭和五七年九月二四日は、原告が退職した昭和五六年八月二〇日から一年一月を経過しているから、この時には被告の理事会が原告の退職金の額につき承認決定すべき相当期間を経過していたものと認めることができる。
よつて、原告は、理事在職に対する退職金として、前記「算定された額」の二倍である金一一八〇万円の退職金請求権を有するものということができる。
原告は、その勤務成績や功労からみて理事会は「算定された額」の二・五倍の額を承認決定すべきであり、理事会の承認が相当期間内にされないときには、右の二・五倍の額の退職金請求権を有すると主張するけれども、前記のように「算定された額」の二倍以上二・五倍以下の範囲内においては理事会は自由裁量権を有するものと解すべきである(右の範囲内のいかなる金額が承認されても、これに対して理事は不服を述べることはできない。)から、理事会の額の承認決定がないときに当然最高額である二・五倍の退職金請求権が発生するということはできない。この点についての原告の主張は採用することができない。
四退職慰労金について
役員退職金規程において退職慰労金に関し、特に顕著な功労があつたと認められた理事については、理事会において承認された退職慰労金を支給又は加算することができると定められていることは、前記三の1で認定したとおりである。右の定めによると、退職慰労金については退職金とは異なり、理事会はこれを支給するか否かを自由な裁量により決定することができ、仮に顕著な功労があつたとしても理事会の支給の承認がない限りその請求権は発生しないものと解するのが相当である。そして、退職慰労金について理事会の支給の承認がないことは原告の自認するところであるから、原告の退職慰労金の請求は失当である。
五むすび
よつて、原告の本訴請求は、職員としての退職金二六〇万円及び役員としての退職金一一八〇万円の合計金一四四〇万円並びにこれに対する催告の内容証明郵便が到達した日の翌日である昭和五七年九月二五日から支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官今井 功)